医療コラム
2025年02月04日
肥満ではなく、老化が諸悪の根源
世界医学の大きな流れは肥満が諸悪の根源であり、それを解決すると健康になるというものである。確かに肥満は血圧や脂質や血糖値を上げ、一部の癌も増やす。肥満を解決することでこういった疾患は改善する。
次の症例を考えてください。
山田太郎(仮称)さんは80歳の糖尿病と高血圧で身長165㎝体重79㎏BMI29と肥満体型である。若い時からお酒はたくさん飲み、運動もせず、脂っこいものを好んだ。血圧のコントロールはまあまあであったが、血糖コントロールは概ね不良であった。山田太郎さんは先日、急性心筋梗塞で亡くなられた。
さて、山田太郎さんが亡くなった一番の原因は?
血糖コントロール不良と言いたくなるが、スリムな体型ならそもそも糖尿病にならなかったのではないか? だから肥満が主因であり諸悪の根源。
いえいえ、もっと悪いのがある。主因というか諸悪の根源は長生きしたことである。
老化こそ肥満以上の諸悪の根源なのである。
このような言い方をすると長生きが悪いように捉えられるかもしれないがご愛せずに読んで欲しい。
実際は20歳と70歳では病気の発生数が1000倍になっている。一難去ってまた一難、1つの病気を食い止めたところで寿命自体にはほとんど影響しない。人間の平均寿命はアルツハイマー病をなくしたところで19日しか伸びないという推定もある。老化は完全にコントロールできないけど、少しでも遅らせると糖尿病等の一つの疾患の治療よりはるかに効果的。肥満やコレステロールのような他のリスクで死ぬよりも老化で死ぬ可能性の方が100から1000倍も大きい。コレステロールが心筋梗塞を起こすというけど、そのリスクはたった3倍、老化が原因の心筋梗塞で死ぬリスクは1000倍。
いろんな疾患になる、あるいは死亡リスクを上げている最大原因は肥満でなく老化である。
当たり前のことなのであるが、ずっとこのことに対して医学界はスルーしてきた。なぜならそんなこと言っても仕方がなかったからである。
しかし、そろそろこのことを真剣に考え、対応すべき時期が来ているのではないかと考える。どうしてかというと老化スピードを遅らせることが期待できる薬(メトホルミンやタウリンなど)やサプリメント(NMNや5ALAなど)が出てきているからである。肥満においては生活面でもかなり細部まで研究されており、例えば夜遅くに食べると太りやすいとか、有酸素運動は痩せるとかである。今後、肥満に関して行われたような老化を進めにくい生活の研究が進むことが期待される。このことに関して最近生物学的年齢を知ることができるAging Clock(エピジェネティッククロックとか発見者にちなんでホバース時計ともいう)が見つかった。
このAging Clockは医学を大きく変える大発見である。
●医学を変えるAging Clock●
エイジング・クロックを最初に提唱したのは、UCLAのスティーブ・ホバース博士で、2013年のことである。簡単に言うと DNAメチル化のレベルによって予測される生物学的な年齢を計測するのである。
生々しい表現をするが、この時計を見ると死ぬ時期がかなり正確に予測できるとのことである。血糖値が高いと、死ぬ確率が高いことまでは理解できるが、とてもではないが死ぬ時期など予測できない。高度肥満なら死ぬ確率が上がることが予測できても同じく死ぬ時期までは予測できない。
死ぬ時期を予測できるというのは医学において大変重要であることを意味している。
血糖値を下げたら万々歳か? 肥満が解消したら万々歳か? とかくそのように考えがちだが、ある生活をして肥満が改善しようが、血糖値が改善しようがAging Clockが進むと実は、本末転倒である。
Aging Clockをすると以下のような研究ができる。
睡眠時間が長いのと短いのとAging Clockが進みにくいのはどちら? あるいは一番Aging Clockを進めにくいのは睡眠時間何時間?
Aという薬を服用しているとAging Clockが進むのが遅い。Bという薬を服用しているとAging Clockが進むとか。
こういったことを積み重ね、生物学的老化が進みにくい医学体系を作り上げていくことを期待する。
●病的な老化の定義●
病的な老化の定義など存在しないが、以下のように提案する。
生まれてからの時間経過で規定される暦年齢には個人的な差はなく、同じ年月日に生まれれば同じ暦年齢である。でも同じ暦年齢の人間がみな同じ生物学的年齢を示すわけではない。年の割に若く見える人もいるし、老けて見える人もいるように生物学的年齢が進むのが早い人も遅い人もいる。老化のスピードは人それぞれである。
上のグラフは暦年齢と生物学的年齢を表したものである。
暦年齢と生物学的年齢が一致しているのが標準的な老化スピードとして、グラフの斜めの直線より上のグループに入る人は老化が早い、一方下のグループに入る人は老化が遅いのである。
ここで私なりに病的な老化を定義すると斜めのグラフより下にある人、つまり生物学的年齢>暦年齢となっている人である。
こういった人にはまずは、老化を進めにくい生活習慣の指導、それでも老化が早い場合は、抗老化作用が期待できる薬剤やサプリメントの投与を検討する時代がまもなくやってくると思われる。
●日本人の死亡リスクや要介護リスクが低いBMI●
疫学的研究で日本人において死亡リスクや要介護リスクが低い体型は小太りである。
※BMIと要介護発生リスク(全原因)のグラフは以下の参考データより推計:
東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻 公衆衛生学分野ホームページ
https://www.pbhealth.med.tohoku.ac.jp/archive/publication/pdf/2016/2016_2.pdf
上は玉腰暁子先生らによるJACC研究で65~79歳の日本人男女を11年間経過観察して、死亡リスクの低いBMIを求めている。男性の場合、BMI26前後が死亡リスクが低く、女性の場合、BMI30以上でも65~79歳においては死亡リスクが上がっていない。
グラフ下は大崎町研究でBMIと要介護発生リスクの関係を調べている。BMI26前後が最も要介護リスクが低い。
皆さんの希望が「他人の世話にならずに(≒要介護にならずに)長生きしたい」なら日本人の総論として高齢期にはBMI26くらいの小太りがその確率が高いことを意味している。(あとで説明するが、もっといいのは非フレイルで普通体型である)
大崎町研究ではサブ解析をしており、BMI29以上で要介護発生リスクを上げているのは主に関節疾患である。BMIが小さいグループで上げているのは認知症である。
左はこの2つのグラフの形が似ていることに注目して欲しい。
たまたまかも知れないが、老化が大きく関係しているように思う。
●肥満パラドックスはパラドックスではない●
肥満パラドックスとは太っている方が予後に良いという現象である。パラドックスとは、正しそうな前提と、妥当に思える推論から、受け入れがたい結論が得られる事象をいう。肥満パラドックスは太っていると不健康で長生きできそうにないのに長生きすることをいう。
肥満パラドックスは先ほどの玉腰先生の高齢者の生命予後、アメリカ人高齢者の生命予後、大崎町研究の要介護発症リスクだけでなく、慢性腎臓病、心不全、市中肺炎、癌、認知症、糖尿病死亡率、脳梗塞死亡率、脳出血死亡率などいろんな疾患で認められており、間違いないと考えて良い。
肥満パラドックスはパラドックスではなく、みんな肥満は悪い、肥満は諸悪の根源であるという先入観を持っているからパラドックスに思えてしまうのだと思う。
肥満があると血圧や脂質データが悪化し、欧米型の癌にもなりやすいということが先に疫学的研究で明らかにされ、小太りの方が生命予後に良いというのが後からわかったわけである。この順番が逆ならそうはならなかったはずである。小太りが長生きするけど、小太りの人は生活習慣病や一部の癌になりやすい、ならばそれを超えるメリットが小太りにはあるはずである、こう考えたはずである。
小太りのメリットは何か?
ズバリ、老化が進みにくいことだと思う。
皆さんも知り合いの後期高齢者を思い出してください。小太りの方の方が肌艶も良く、若々しく見えませんか?体格のいい方の方が老化が進んでいないのです。
小太りの方が老化が進まないのはなぜか?
ずばり、NADの影響だと考える。
★NADは抗老化物質★
食事によって得た栄養素を呼吸によって取り入れた酸素で酸化し、エネルギーを得る時に使われる補酵素がNADと習った方も多いと思う。最近このNADが大注目を浴びていて、老化を遅らせる物質であることがわかった。NADと老化の関係はワシントン大学の今井眞一郎教授を中心に研究が進んでいる。
NADはニコチンアミド・アデニンジヌクレオチドの略で、NAD量は加齢とともに低下していく。NADが減ることで老化が進むことになる。するとヒトは年を取ると老化に抗えなくなる。
ここで簡単にNADが老化を抑制する機序に関して説明する。
哺乳類におけるNAD+合成の主要材料はNAM(ニコチンアミド)であり、そこから2段階の酵素反応を経てNAD+が合成される。まずのNAMPT(nicotinamide phosphoribosyltransferase:ニコチナミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ、細胞内型iNAMPTと細胞外型eNAMPTがある)がNAMをNMNに変換し、続いてNMNは第二の酵素によってNAD+へと合成される。
NAMはビタミンB3の一種で、eNAMPTは主に脂肪組織から分泌される酵素。NADが加齢で減るのはeNAMPTも加齢で減るからである。
動物実験においてeNAMPT の増加は寿命延長など全身性に顕著な抗老化作用をもたらすことが報告されている。正確にはeNAMPTというよりそれで作られたNAD量が寿命を決めている。
NADは長寿遺伝子と呼ばれるサ-チュイン遺伝子を活性化して寿命を延長する。サーチュインを活性化すればミトコンドリア機能が高まり、活性酸素の排出が減り、DNAはダメージを受けにくくなる。あるいはテロメアを保護する。すると老化が遅れて寿命が延びる。
eNAMPTは加齢で減るが、脂肪組織が産生しているので太っている人の方がeNAMPT→NADが多く、老化が進みにくい。
ヒトの健康寿命においてNADはものすごく大切なのだと思う。「血糖値が下がったとか血圧が下がった」とかより、「長生きしている、健康寿命が長い」ことの方がはるかに価値は高い。
小太りの方はものすごく大切なNADレベルが高く、このため老化が進みにくい、ものすごい大きなメリットがある。このことを太ると血圧が上がるとか血糖値が上がるより重要だと認識できていれば肥満パラドックスはパラドックスではなくなるはずである。
NADと老化研究の今井眞一郎教授のノーベル賞に票一票。
●新たな肥満症・痩せ症の定義の提案●
日本肥満学会によると肥満症とは、肥満(BMIが25kg/m2以上)の状態にあり、肥満が原因や関連する健康障害を合併している、またはその合併が予測される状態を指す。大崎町研究によると高齢期においてBMI25は自立長寿できる可能性が高い。一般に多くの方の希望が他人の世話にならずに長生きすることを考えたらこの定義はおかしい。
太ること痩せることにはそれぞれメリット・デメリットがある。
だから「病的な肥満症とは太ることのメリットを打ち消してデメリットが優位になっている状態」、「病的な痩せ症とは痩せることのメリットを打ち消してデメリットが優位になっている状態」と定義することを提案する。
確かに肥満することにより血圧や脂質や血糖値は悪化する。次に加齢でNADレベルは低下する。若い人はさほど太っていなくてもNADレベルが高い。だから加齢に伴い、肥満症でも痩せ症でもないBMIの幅は上方に移動していく。若い時は普通体型が良かったのが加齢に伴い小太りが理想体型に変わっていく。
こういったことを考えると、普段医療機関で行われる食事療法の結果が良くないことも多いであろう。血糖値や血圧は下がったが、老化が進み長生きできないことも多いはずである。食事量制限を伴う栄養指導は老化が進む以上のメリットがある場合に行うべきである。
●小太りは医療を受けつつ長生き、痩せは医療を受けずに早世●
東北大学の40歳日本人男女の体型と余命、40歳以降の医療費を調べた研究によると、40歳男性の平均余命は過体重群が最も長く+40.46年であり、次いで普通体重群が+38. 71年、肥満群が+37.87年、やせ群は+33.81年であった。生涯医療費は過体重群が最も高く1,447.1万円であり、次いで肥満群が1,436,6万円、普通体重群は1,261.0万円、やせ群は1,168.7万円であった。
40歳女性の平均余命は過体重群が最も長く+46.96年で、次いで普通体重群で+46.27年 、肥満群+44.88年、やせ群+41.12年だったんだ。生涯医療費は肥満群が最も高く1,830.7万円であり、次いで過体重群が1,622.3万円、普通体重群は1,423.7万円、やせ群は1,380.7万円であった。
男女とも過体重が最も長生きだったけど、医療費もそれなりにかかっている。男女とも痩せが最も短命だったけど、医療費は最もかかっていない。
この研究から言えることは小太りが長生きだけど、医療は利用している、痩せはあまり医療を受けることなく亡くなられているということである。
●フレイルの有無で高齢者の死亡リスクの低い体型は異なる●
早稲田大学スポーツ科学学術院の渡邉大輝助教らは高齢者の死亡リスクをフレイル・非フレイルに分けて検討した(Watanabe, D., Yoshida, T., Watanabe, Y. et al. Frailty modifies the association of body mass index with mortality among older adults: Kyoto-Kameoka study. Clin Nutr. 2024Feb;43(2):494502. doi:10.1016/j.clnu.2024.01.002. Epub 2024 Jan 4.)
※グラフは以下の参考データより推計:
POSTホームページ
研究の概要だが65歳以上の地域在住日本人高齢者10,912名を対象に5.3年の経過観察期間で体格の指標であるBMIと死亡との量反応関係を検討し、高齢者においてフレイルの有無によって、死亡リスクが最も低くなる最適なBMIが異なることを報告している。
フレイルには定義があるので対象者を登録の段階でフレイル群と非フレイル群に分けられる。
結果、上の図のようにフレイル群ではBMIが大きいほど死亡リスクは低く、BMIが小さいほど死亡リスクは高かった。フレイルの高齢者は太っている方が死亡リスクは低いのである。
注目すべきは非フレイル群の結果で非フレイルではBMI21.5~24.9の普通体型が一番死亡リスクは低いことである。しかもその死亡リスクはフレイル群で最も死亡リスクが低いBMI≧25よりも低い。
フレイルというのはいわば要介護の予備軍であり、要介護リスクも低いことは容易に推定できよう。非フレイルでBMI21.5~24.9のグループは死亡リスクが低いだけでなく要介護リスクも低いことが推定される。多くの方の希望は「他人の世話にならずに長生きしたい」であろうから、高齢期にはBMI21.5~24.9で、非フレイルであることがその確率が最も高い。
フレイルと非フレイルを分けるものは何か?
それは運動量である思う。タンパク質を摂取していることも大事だが、やはり両者を分ける一番のものは運動量でないかと思う。
高齢期は日本人の総論としてBMI26前後が長生きで、要介護発生リスクが低いと言ってきた。この研究においては非フレイルだとBMI21.5~24.9が死亡リスクは最も低い。この点において少し補足する。
運動すると骨格筋の中のeNAMPTの量、血中のeNAMPTの量が増える。運動にはeNAMPTを増やす効果がある。するとその分、NAD量が多くなるので普通体型が一番長生きになるのだと思う。
★最後に箱石シツイさんをご紹介★
箱石 シツイ(はこいし シツイ、1916年〈大正5年〉11月10日 - )さんは、存命人物のうち世界最高齢の理容師さん。先の東京オリンピックの聖火ランナーも務められている。
彼女のことを日本人よい手本であると患者さんに紹介するとき、いつも目頭が熱くなる。皆さんにもこんな風に生きていただきたい。あまりに立派で尊敬すべき存在である。
箱石シツイさんは非フレイルでBMI21.5~24.9の死亡リスクが最も低いグループに入る方の代表的存在である。
※左写真は参考データより推計:
Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/266ca30c04fbb2ca78b57627684f04953b3b8432
※右写真は参考データより推計:
プレジデントオンライン
https://president.jp/articles/-/78853?page=3
左がYahooの記事からとってきた写真で108歳の時のもの。
右がプレジデントオンラインから、107歳の時のもの。
箱石シツイさんが108歳まで元気で認知症にもならずに理容師を続けられたのは、理容師を続けていたこともあるが、運動していることが大きいと思う。70歳から始めた自己流体操のメニューは柔軟体操、ツボ押しから筋トレまで30種類ほどあるそうだ。中でも写真右のベッドに腰をかけて行うアンクルウェイトを使った筋トレが大きいと思う。片足に1.5キロずつ、合計3キロの重りをつけて行っている。その運動をなんと500回から1000回もやるそうだ。
箱石シツイさんが日本人の良いお手本であると思うのは、誰でもまねできることをしているからである。
でも1.5キロというのは中年男性でもきつい重量である。いきなり1.5キロだと挫折する可能性が高いので、軽いところから始めるのが良い。アンクルウェイトは軽いものだと片足0.5キロくらいから販売されている。
ぜひ皆さんもアンクルウェイトによる下肢の筋トレを開始し0.5キロができるようになれば1.0キロ、1.0キロができるようになれば1.5キロでレベルアップしていこう。これができれば100歳で自立できていることも十分可能だと思う。
箱石シツイさんの国民栄誉賞に票1票。