医療コラム

2026年07月19日

もしも今、医療の「優先順位リスト」を作ったら ?

ーー30年前と現代の医療哲学


突然ですが、みなさんは「限られた医療予算の中で、どの治療を優先して全額カバーすべきか?」という問いを突きつけられたら、どう答えるでしょうか?

実は1980年代末から90年代初頭にかけて、アメリカのオレゴン州でオレゴン・ヘルス・プラン(Oregon Health Plan)という、医療費抑制と救命の最大化を目的としたユニークな試みが行われました。

そこでは、あらゆる医療行為の「費用対効果(コストパフォーマンス)」を数値化し、機械的に優先順位をつけた優先リスト(Prioritized List)が作成されたのです。

まるでボクシングの「パウンドフォーパウンド(全階級で誰が一番強いか)」を医療に当てはめたような試みでした。

当時のリストの上位と下位は、以下のようなものでした。

・第1位:くも膜下出血の外科的治療(手術)
・第2位:2型糖尿病のインスリン治療
・(ほぼ最下位):内分泌疾患の負荷試験(検査)

当時はこのリストが大きな議論を呼びました。


●30年前と今:臨床の現場で私が実感する変化●

当時のリストで「糖尿病のインスリン治療」が2位だったことは、非常に象徴的です。

30年前の当時、糖尿病の患者さんは「症状がかなり進行してから」ようやく病院に来られる方が非常に多かったのです。
そのため、当時の私の仕事の多くは「いかにして患者さんを説得し、一刻も早くインスリン治療を開始して命を救うか」という、いわば“崖っぷちの救命”でした。

しかし、最近は違います。

現在は健康意識の高い「優等生」の患者さんが増え、健康診断などをキッカケに、早期から継続して通院される方が大半を占めるようになりました。

それに伴い、私たち医師の役割も「いかにQOL(生活の質)やADL(日常生活動作)を高く保ったまま、健やかに長生きしていただくか」という方向へとシフトしています。医療の哲学自体が、この30年で大きくアップデートされたのです。

●人工知能(AI)に聞いてみた「現代版・医療優先リスト」●

では、医療評価の基準が進化した「2020年代(現代)」に、もし同じ優先リストを作ったらどうなるでしょうか?人工知能(AI)に現代の基準で分析してもらったところ、非常に興味深い結果となりました。

★現代の優先リスト(上位グループ)★

1.妊産婦ケアおよび新生児ケア
・内容:妊婦健診、安全な出産介助、新生児の初期治療。
・理由:人生の最初のスタートラインで介入することは、その後の人生(生涯にわたる健康効果)において極めて費用対効果が高く、社会全体の健康格差を
縮小するために最優先されます。

2.科学的根拠のある「予防医療サービス」
・内容:各種ワクチン接種、高血圧やがんの早期スクリーニング(検診)。
・理由:「病気になってから莫大な費用と肉体的負担をかけて治療するより、予防・早期発見するほうがはるかに価値が高い」という予防医学・医療経済学
の原則が定着したためです。

3.精神疾患・依存症の治療
・内容:うつ病の治療、薬物・アルコール依存症の治療、禁煙支援。
・理由:かつて軽視されがちだった「心の健康」や「依存症」が、個人のQOL低下だけでなく、社会全体の損失に直結することが科学的に証明されたためで
す。

4.主要な慢性疾患の継続管理
・内容:1型・2型糖尿病の継続治療、喘息のコントロールなど。
・理由:インスリンや吸入薬などを適切に使い、日常を「コントロールされた状態」に保つことは、急性増悪(危機的な重症化)による緊急入院や死亡を防ぐため、非常に費用対効果が高いと評価されます。

5.緩和ケア・看取りのケア
・内容:末期がん患者さまなどの痛みを取り除くケア、ホスピスケア。
・理由:治療不可能な状態に対して肉体的・精神的な苦痛を伴う過度な延命治療を行うのではなく、「最後までその人らしく、痛みのない穏やかな時間を過ごすこと」が、倫理的にも最重視される時代になったからです。


★逆に「下位(対象外)」になる治療は?★
かつての「負荷試験」のように、現代の基準でもリストの底(あるいは公的カバー対象外)になるのは以下のような分野です。

・美容整形や審美目的の治療(生命や基本機能の維持に直接影響しないもの)
・効果が実証されていない代替医療(臨床的エビデンスが不十分なもの)
・軽度のかぜやすり傷(放置しても自然に治癒する軽微な疾患)
・末期状態における過度な延命治療(効果に対して、患者さまやご家族の負担が大きすぎるもの)

★未来のトップランナー:「抗老化(アンチエイジング)外来」の可能性★
ここで、私たちが注目しているのが「抗老化(アンチエイジング)医療」です。

NMNなどの先進的なサプリメントの活用や、科学的な生活指導を行う「抗老化外来」は、まだ新しすぎるため公的な評価リストには載っていません。しかし、私はいずれこの領域が現代の予防医療のトップ争いをすると考えています。

「老化」そのものを一つの疾患として捉え、その進行を遅らせることは、あらゆる慢性疾患(糖尿病、認知症、心血管疾患など)のドミノを根元から止めることを意味します。これほど生涯のQOLを高め、社会全体の医療負荷を下げる「究極の予防医療」はありません。


●まとめ:これからの時代を「健やかに生き抜く」ために●

 

・30年前の主役:「死にそうな患者を、今すぐ救うハイテク外科手術」
・これからの主役:「生涯にわたって人々を病気にさせず、健やかに暮らさせるためのプライマリケア(予防・慢性疾患管理・抗老化)」

医療の主役は、劇的な「救命」から、地域全体の「健やかな健康維持」へと進化しました。

みなさんが思っている以上に、予防接種や定期的な検診は大切です。普段、病院に通う機会がない方こそ、ぜひ検診や人間ドックを受けて疾患の早期発見に努めてください。

そして、早期から私たちのような専門医をパートナーとして活用し、生活指導や適切な管理を受けることで、「ADL(日常生活動作)もQOLも高い、最高の人生」を一緒に目指しましよう!

さらに医療費に関して現役世代の負担は大きく、もはや健康や精神を蝕むレベルになっております。

症状が出てからの後手に回った医療では医療費はかさみます。

予防医療はコストパーフォーマンスがよく、世の中に貢献することをご理解ください。

みなさまの長きにわたるご健康を、心よりお祈りしております。

執筆情報

執筆者
医療法人 亀寿会 亀岡内科
亀岡内科院長 医学博士 亀岡 慶一